ぶっ放しという選択肢とリスク・リターンの概念
今回、このようなコラムを書き上げたのは、以前から3rdにおける、いわゆる『ぶっ放し』という選択肢について常々思っていたことをまとめておきたかったことにある。
大きなリターンが望める大振りな高ダメージ技、しかし防御されれば一転して大きな隙相手に晒し、ピンチとなってしまうような技を使うべきか、それとも封印して戦うべきか。
某巨大匿名掲示板などの書き込みをみると、よく、「ぶっ放しはレベルが低いプレイヤーのすることである」という論調が目立つ。
闘劇の様な大きな大会で優勝を果たしたチームの立役者と言われる人について、某巨大掲示板では「ぶっ放しで勝った、だからレベルが低い」という書き込みがされているのを見ると、自分は異論を唱えずにはいられないのだ。
その叩かれている人とは個人的な付き合いはないし、その人の人間関係などまったく知らない。
だが「ぶっ放し」という選択肢が「レベルが低い」という論調が強まり、
これまでぶっ放しという選択肢について考えてきたプレイヤーが、
「ぶっ放し」という選択肢を捨ててしまうことを、自分は危惧するのだ。
そこで、いままで自分が『ぶっ放し』という選択肢についてこれまで思ってきたことについてつらつらと書いてみた次第。。
まず、『ぶっ放し』という選択肢の意味・定義について自分が思っているのは、単純に次のような概念である。
『単発で強力な選択肢を突発的に繰り出すこと』
波動拳や灼熱、真昇竜などの技をキャンセルをかけずにいきなり繰り出す。
しかし、単発で強力な選択肢というものは、大抵の場合大きなスキがあるために、ハイリスクである。
たとえば真昇竜をいきなり『ぶっ放し』て、これをガードされてしまうと、最大級の反撃を受けてしまう。
リュウの技の場合、波動拳や昇竜拳、竜巻、上段足刀、屈強Kなどだろうか?
なぜ、『ぶっ放し』がレベルが低い、とみなされることが多いのだろうか?
自分が思うには、
まず、第一に、キャンセルや複雑なヒット確認を用いないので「テクニック的に劣っている選択肢」とみなされてしまうことである。
キャンセルやヒット確認といったテクニックはできた方がいいし、観戦している第三者からみればではぱっと見、スマートで見栄えがよく、優秀な選択肢である。
しかし、実際に戦っている者としてはどうだろうか?
スマートに見えようが見えなかろうが、自分の体力がなくなる前に相手の裏をかいて選択肢をヒットさせ、倒すということが一番重要なのではないだろうか?
格闘ゲームは対人戦のゲームである。
ビートマニアのようなテクニックの見本市ではない。
決められたルールの中で、互いの選択肢を振り合い、
合法的に騙し合いを楽しむ娯楽ではないだろうか?
第二に、ぶっ放しには、リスクとリターンの幅が大きいことが上げられる。
リスクとリターンを考えるとき一番重視されるのは、リスクよりもリターンが大きい選択肢を選ぶことだろう。
たとえば、ある選択肢をヒットさせる確率が50%だと仮定する。
このとき、失敗したときに受けると予想されるダメージが30(リスク)として、逆にヒットさせたときに与えると予想されるダメージが50なら、
リスクよりもリターンのほうが勝っているのでその選択肢は有効である、とみなすのである。
それでは、二つのリスクよりもリターンが勝っている選択肢を用意する。
ヒットさせる確率はいずれも50%と仮定し、
@リスク20に対してリターン40
Aリスク40に対してリターン80
どうだろうか?
ここまで読んで判る人は多いと思う。
@の選択肢を2回やれば、トータルでAの選択肢を取ったのと同じリスク、リターンを抱えることになる。
しかし、@の選択肢がAの選択肢に対して優れている点がある。
それは安定度である。
Aの選択肢は確率50%でヒットさせれば大ダメージ、
しかしヒットしなければリターンは一切なく、大ダメージを食らう。
つまり、50%の確率で最悪の状況になる。
しかし、@の選択肢を2回やった状況では、(確率50%読みあいを2回繰り返すことで)、
リターン0なのに大ダメージを食らう、という最悪の状況が、50%x50%の25%しかない。
つまり、Aの選択肢はリスクを分散することで安定度を高めているのだ。
『ぶっ放し』を否定するプレイヤーが理論的な理由としてぶちあげてくるのは、この回答であるだろう。
しかし、この議論には重要な仮定が置かれている。
それは選択肢をヒットさせる確率を50%と仮定して議論している点である。
相手プレイヤーの思考や性格などによって、ある選択肢を使うか使わないかなどということは違ってくるものである。
実際に対戦をやればわかると思うが、どんなプレイヤーでも思考や性格や癖がある。
現に、『ぶっ放し』の議論でさえ〜のぶっ放しはしない(確率0)という人ともいれば、やばかったらとりあえずぶっ放す(確率100%)という人もいる。
そのときの気分でぶっ放す人もいれば、コマンドが失敗する人もいるし、何よりも読み合いである以上、完璧な予測は出来ないのである。
しかし、この予測こそが格闘ゲームの読み合いであり、娯楽の本質ではないだろうか。
もしゲームに上手下手、があるのなら、その選択肢の一つである『ぶっ放し』に付いても上手下手があるはずである。
自分は『ぶっ放し』というのは、ゲームに慣れていくにつれて上手くなっていくものだと思う。
つまり、上記のぶっ放しのヒット率も上手くなることが可能だと思っている。
もし仮にぶっ放しが上手くなり、ヒット率が50%を超えることがあれば・・・。
それは間違いなく有効な選択肢になりうるはずだ。
次の仮定を置いてみる。
プレイヤーAがいる。
Aは対戦に必要な能力を備えているプレイヤーである(基本能力X)
しかし、ぶっ放しという選択肢を絶対に使わない。
これに対し、Bというプレイヤーがいる
BはAと全く同じ能力を持ち、さらに50%を超えるヒット率のぶっ放しという選択肢が使える。(基本能力X+ぶっ放しα(α>1))
どちらのほうが勝率が高くなるだろうか?
もしぶっ放しという選択肢を50%を超えるヒット率で使いこなせれば、使いこなせない人よりも強くなれるはずだ。
理論上では、ぶっ放しという選択肢をうまく使いこなすことが出来れば勝率アップに貢献するはずだ、というのが私の主張である。
ぶっ放しをしない、と公言している人は自ら有効な選択肢を封印している恐れがある。
ただし、あくまで誤解して欲しくないのは、『ぶっ放し』という選択肢を持つ=絶対ぶっ放す、ではないということ。
絶対ぶっ放す、ということが相手に悟られれば、100%ガードされて終了である。
ここまでの自分の主張をまとめると。
@格ゲーは技術の見本市ではない。騙し合いである。
読み合いに必要であれば、操作の簡単な選択肢であっても積極的に導入すべき。
A『上手くなるため』にはリスクとリターンの幅の小さな選択肢の積み上げで勝つ、ということが望ましいことは認める。
しかし、『勝つ』ためにはハイリスク、ハイリターンの選択肢が有望である限り、積極的に使うべき。
ぶっ放しを封印して『安定』30%の勝率、ぶっ放して50%の勝率なんてこともあるはずだ。
Bぶっ放し、という選択肢は経験をつむことで上手くなれるはず。(最後は結果論でしかないが)
有効である限り、ぶっ放しという選択肢を考慮したほうが勝率が上がるはずだ。
選択肢をわざわざ封印することは弱くなることである。